やさしい敗北のゲームセンター

夜のゲームセンターは、少しだけ未来が古くなった場所です。駅前のネオンはまだ明るいのに、ビルの三階にあるそのゲーセンだけ、時間から半歩ずれていました。壁には、昔の人が想像した「近未来」みたいな青い光が残っていて、少し色あせた筐体たちは、いま見ると未来というより“未来の思い出”に見えます。階段を上がるたび、「ガコン」「ピロリン」「WELCOME!」みたいな電子音が遠くから聞こえてきて、まるで機械たちが眠気をこらえながら営業しているみたいでした。

自動ドアはゆっくり開きました。中は明るいのに、どこか静かでした。光だけが元気で、人影はまばらです。クレーンゲームの透明なケースがずらりと並んでいて、その中のぬいぐるみたちは、みんな「選ばれる順番」を静かに待っていました。

大きなクマは、少し首を傾げたまま止まっていました。たぶん何年もその角度です。隣の柴犬のぬいぐるみは笑顔なのに、なぜか「最近どうですか」と聞いてくる顔をしていました。奥の棚には、丸いアザラシがぎゅうぎゅうに詰め込まれていて、白くてふわふわした「諦めない気持ち」みたいになっていました。

クレーンのアームは、ときどき誰も操作していないのに小さく揺れます。疲れた肩を回しているのかもしれません。

天井から流れるゲーム音楽は、ずっと同じメロディを繰り返していました。軽快で、楽しそうで、でも少しだけ切ない音でした。お祭りのあとに残る電球みたいな音です。どうやら今夜は、「にぎやかな孤独」が営業している日らしいです。

メダルゲームコーナーでは、銀色のコインが時々「チャリン」と落ちていました。誰も座っていない台なのに、機械だけが真面目に働いています。スロット画面のチェリーやベルがくるくる回り続けていて、「まだ終わってませんよ」と言いたそうでした。機械にも、待ちぼうけの夜があるのかもしれません。

奥の音ゲーコーナーでは、デモプレイの映像だけが踊っていました。画面の中のキャラクターたちは笑顔で飛び跳ねているのに、プレイヤーはいません。でも、不思議と寂しそうではありませんでした。たぶん彼らは知っているんです。「誰もいない時間」にしか鳴らない音があることを。

私は百円玉を一枚入れて、クレーンゲームを動かしました。

ウィーン。

アームはぎこちなく降りて、ピンク色のうさぎのぬいぐるみを掴みかけて、やっぱり落としました。

「惜しかったですね」

その瞬間ぬいぐるみが少しだけ笑った気がました。

失敗したのに、なぜか責められている感じはしませんでした。むしろ、「今日ここに来たこと」が景品だったのかもしれません。

遠くのレースゲーム筐体では、無人の車がデモ画面の中で夜景を走っていました。アクセル音だけが空席に反響していて、その光景はなんだか、「誰かの帰りを待っている夢」みたいでした。

ゲームセンターって、本当は勝ち負けの場所じゃないのかもしれません。

学校帰りの笑い声とか、仕事終わりの寄り道とか、失恋した日の百円玉とか、「今日はまっすぐ帰りたくないな」という気持ちとか、そういう行き場のない感情を、一回預かってくれる場所なのかもしれません。

だから、人気のない深夜のゲーセンには、少しだけ優しい空気があります。

うまく言えない疲れとか、名前のついていない寂しさとかが、電子音に混ざって薄まっていくんです。

帰ろうとしたとき、入口近くの古いクレーンゲームのランプが一瞬だけ点滅しました。

まるで、

「また来てくださいね」

と言うみたいに。

たぶん気のせいです。でも、ゲームセンターでは、ときどき気のせいが接客をします。

外へ出ると、夜風が少し冷たくなっていました。ポケットの中には使わなかった百円玉が一枚残っていて、歩くたび小さく鳴りました。

それはなんだか、「次に元気がなくなった時のコンティニュー」みたいな音でした。


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