出口のある永遠

子供のころ、夜の車は小さな宇宙船でした。

後部座席に座って、窓に額をつけながら流れていく街の明かりを見ていると、自分だけが少し遠い世界へ運ばれている気がしました。助手席では母が何か話していて、運転席では父がハンドルを握っていました。でもその声は、ラジオやエンジン音と混ざって、だんだん毛布みたいな音になります。

そして車は、ときどき大きなトンネルへ入ります。

入口はいつも突然でした。

山の黒い影に吸い込まれるみたいに、車がするりと闇の中へ入っていく。

その瞬間だけ、世界が切り替わるんです。

外の景色も、信号も、お店の看板も消えてしまいます。

残るのは、トンネルの天井に並ぶ灯りだけでした。

ぽつん。

ぽつん。

ぽつん。

規則正しく並んだオレンジ色の灯りが、車の上を流れていきます。

窓ガラスに映る光は、まるで時間そのものが流れているみたいでした。

子供だった私は、あの灯りがどこまで続いているのか分かりませんでした。

百個。

千個。

一万個。

もしかすると永遠。

もしかすると、このまま一生出られないのかもしれない。

そんなことを思いました。

不思議と怖くはありませんでした。

むしろ少し安心していました。

なぜなら、その永遠には父と母がいたからです。

運転席には父の背中。

助手席には母の横顔。

エアコンの風。

かすかなラジオ。

コンビニで買ったお菓子の袋。

眠たくなる振動。

全部がちゃんとそこにありました。

だから、もしこのトンネルが永遠だったとしても、それほど悪くない気がしたのです。

どうやらあの頃の私は、「どこへ向かうか」よりも、「誰といるか」の方が大事だと知っていたみたいです。

トンネルの中では、時間が少し変でした。

五分が三十分みたいに長く感じたり、三十分が一瞬で終わったりしました。

時計の針も、たぶん途中で休憩していたと思います。

トンネルにはそういう力があります。

急ぐことを少しだけ忘れさせる力。

ただ流れていればいいと思わせる力。

人生にも、たまにああいう時間があります。

何かが劇的に進むわけではない。

景色もあまり変わらない。

同じような毎日が続いているように見える。

でも実は、ちゃんと前へ進んでいる。

トンネルの灯りみたいに。

ひとつ。

またひとつ。

気づかないくらい静かに。

車は進み続けています。

しばらくすると、遠くに小さな白い出口が見え始めます。

最初は星みたいな点です。

でも近づくにつれて、それはどんどん大きくなります。

そして突然、世界が開きます。

青い空だったり。

夕焼けだったり。

夜の街だったり。

トンネルの向こうには、ちゃんと次の景色が待っていました。

子供の私は、そのたび少しだけ残念でした。

もっと灯りを見ていたかったからです。

永遠だと思っていた場所は、案外あっさり終わってしまいます。

でも今になって思います。

あのトンネルが特別だったのは、永遠だったからではありません。

終わりがあるのに、永遠みたいに感じられたからです。

安心は、案外そういうものなのかもしれません。

ずっと続く保証なんてないのに、今だけは大丈夫だと思えること。

誰かの背中が前にあって、車が静かに進んでいて、自分はただ窓の外の灯りを眺めていればいいこと。

それだけで、世界は十分に優しかったのです。

さて、あの頃見上げていたトンネルの灯りは、今もどこかで流れているのでしょうか。

もしかしたら今夜も、誰かの子供が後部座席でそれを見つめながら、「このまま永遠に続くのかな」と考えているのかもしれません。

そしてその隣では、眠気が小さくあくびをしています。

たぶん、トンネルの中には今でも「安心の予備灯」が並んでいるのです。


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