雨宿り標準コース
雨の日のコインランドリーは、「今日を少しだけやり直せる場所」です。
商店街の端っこ、薄い青色の看板の下で、洗濯機たちは今日もぐるぐる世界を回していました。外はしっかり雨です。空が大きな洗濯機になって、街ごとすすいでいるみたいでした。
自動ドアが開くと、あたたかい空気と柔軟剤の匂いが流れてきました。入口マットには小さく「本日の足元、やや前向き」と書いてある気がしました。もちろん気のせいです。でも雨の日は、気のせいが長靴を履いて出勤してきます。
店内には誰もいませんでした。洗濯機だけが丸い窓の向こうで、真面目な顔をして回っています。ぐるぐる、ぐるぐる。悩みごとを泡にして、今日のポケットから取り出してくれているみたいでした。
奥の乾燥機には、「あと8分」と表示されていました。
たった8分なのに、その数字は少し得意げでした。
「もう少し待てば、ちゃんとあったかくなりますよ」
そう言われている気がしました。
椅子に座ると、販売機の缶コーヒーが小さく光っていました。「微糖」と書かれているのに、目が合った瞬間、「今日のあなたには微希望です」と言ってきた気がします。疲れている日は、甘すぎる励ましより、「少しだけ甘い」がちょうどいいことがあります。
窓の外では、濡れた道路がコンビニの明かりを反射していました。アスファルトの黒が、雨で少しだけ宇宙っぽくなっています。通り過ぎる車のタイヤが「シャアァ…」と水を切るたび、夜がちょっとだけ新しく印刷されていました。
どうやら今夜の天気は、「ほんのり回復」らしいです。
洗濯機の回る音を聞いていると、不思議と心の中も整理されていきます。
今日うまく言えなかったこととか、
既読のまま返せていないメッセージとか、
思ったより疲れていたこととか。
全部いったん泡になって、回転の中に放り込まれていく感じがしました。
たぶん人間にも、「標準コース」が必要なんです。
すすいで、
脱水して、
乾燥して、
最後に小さな拍手を一回。
向かいの洗濯機には、誰かの毛布が入っていました。大きな灰色の毛布です。回るたび、窓の向こうでふわっと膨らんで、また縮んでいました。呼吸みたいでした。
毛布にも、一日ぶんの疲れがあるのかもしれません。
眠れない夜を受け止めたり、
ため息をこぼさないように包んだり、
朝になってもまだ少しだけ夢を持っていたり。
そういうのを全部洗って、また明日のために柔らかくなっているのかもしれません。
店内の片隅には、小さな観葉植物が置かれていました。葉っぱの先に「無理しすぎ注意、ただしプリンは可」と書いてある気がしました。かなり重要な注意書きです。人生は焦るとプリンが揺れますから。
乾燥機が突然「ゴウン」と大きな音を立てました。
その瞬間、店内の空気が少しだけ揺れて、なぜか笑いそうになりました。
世界にはたまに、「別に面白くないのに少し救われる音」があります。
夜の踏切とか、
コンビニの入店音とか、
炊飯器の「ピッ」とか。
乾燥機の音も、たぶんその仲間です。しかも今日は少し張り切っていました。たぶん、雨の日特別係です。
乾燥が終わるころには、雨は少し弱くなっていました。
取り出したタオルはふわふわで、湯気みたいな温度をしていました。顔を近づけると、「今日もちゃんと生きてましたね」という匂いがしました。
それだけで、十分な夜もあります。
外へ出ると、雨上がりの空気が冷たくて、街灯が濡れた道にゆらゆら映っていました。さっきまでの雨が、世界の表面を少しだけ綺麗に洗っていったみたいでした。
洗濯袋を抱えて歩きました。
来るときより、少し軽い気がしました。
たぶん洗われたのは、シャツだけじゃなかったんだと思います。
さて、ポケットの中には使わなかった百円玉が一枚残っていました。
次に心がしわくちゃになった時のための、予備の晴れ間です。
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