昼間の川と金色のひれ
正午の川辺は、世界がいちばん「ちゃんと生きている音」を出す時間です。空には雲がほとんどなくて、太陽が遠慮なしに光っていました。まぶしさで景色の輪郭が少し溶けていて、橋の下の影だけが静かに涼しい顔をしていました。
土手の草は、風に吹かれるたびに「今日はいい日ですよ」と何回も同じことを言っていました。たぶん草は、大事なことほど繰り返す性格なんだと思います。
私は川沿いのベンチに座って、水面をぼんやり見ていました。水はきらきらしていました。きらきら、というより、「光が嬉しくて落ち着かない」みたいな揺れ方でした。たぶん太陽も、水面に映ると少しだけ子どもになります。
遠くでは、自転車のベルが鳴っていました。犬の散歩をしている人がいて、小学生たちが橋の上から川をのぞき込んでいました。世界はちゃんと昼でした。眠くなるくらい平和で、アイスがすぐ溶けそうなくらい明るい昼です。
そのとき、水の中で何かがひらっと光りました。
鯉でした。
大きな赤い鯉が、ゆっくり水面近くを泳いでいました。続いて白い鯉、金色の鯉、少し黒の混ざった鯉も現れて、みんな太陽のかけらみたいに光っていました。
鯉たちは不思議なくらい元気でした。
尾びれをぱたん、ぱたんと揺らして、水の中をまっすぐ進んでいきます。ときどき方向転換をして、また気ままに泳ぎます。その姿を見ていると、「生きる」って、本当はあれくらい単純な運動なのかもしれないと思いました。
前へ進んで、疲れたら少しゆるく泳いで、光る日はちゃんと光って。
それだけ。
川の流れは静かなのに、鯉たちはどこか楽しそうでした。水の中でだけ通じる冗談でもあるのかもしれません。ときどき口をぱくぱくしていて、「今日の太陽、かなり当たりですね」と話しているようにも見えました。
どうやら今日は、「理由はないけど元気な日」らしいです。
私はコンビニで買った麦茶を飲みました。ペットボトルは少しぬるくなっていて、でもそのぬるさが、今日の昼にはちょうどよかったです。冷たすぎるものより、少しだけ太陽に負けているくらいの飲み物のほうが、やさしい日があります。
橋の欄干には、小さなトンボが止まっていました。羽が透明で、光に透けていました。まるで空気の一部みたいでした。近くの木では蝉が鳴いていて、その声が川に落ちて、きらきら流れていくようでした。
夏の昼間は、いろんなものが溶けています。
時間とか、不安とか、「ちゃんとしなきゃ」と思う気持ちとか。
太陽が強すぎるので、輪郭の固い感情はだいたい少し丸くなります。
私はしばらく、何も考えずに鯉を見ていました。
何も考えない、というより、「考えなくても大丈夫な時間」でした。
人はたぶん、ときどきこういう時間を飲んで生きています。アイスコーヒーとか、ラムネとか、昼寝とかと同じ種類の、静かな栄養です。
すると、一匹の金色の鯉が水面近くまで上がってきて、太陽の光を背中いっぱいに受けながら、ゆっくりこちらを向きました。
その瞬間だけ、世界が少し静かになった気がしました。
鯉は何も言いませんでした。
でも、
「焦らなくても、水はちゃんと流れていますよ」
と、たしかに聞こえた気がしました。
たぶん気のせいです。
でも、川辺ではときどき気のせいが、水面に反射して本物になります。
風が吹きました。
草が揺れて、光が散って、鯉たちがまた元気に泳ぎ始めました。水の中には、水の中の午後が続いていました。
さて、そろそろ帰ろうかなと思ったとき、川面が一瞬だけ強く光りました。
まるで昼そのものが、
「今日をちゃんと楽しんでくださいね」
と笑ったみたいでした。
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