期待色の夏祭り

夏祭りの日の空には、ときどき「期待」が浮かびます。

天気予報では晴れと言っていたのに、朝起きると窓の外には薄い雲がふわふわ流れていて、空全体が何かを隠しているようでした。私は少しだけ残念になりかけたのですが、そのときベランダに来ていたスズメが二回だけ首を傾げてから飛んでいったので、たぶん今日は「悪くない日」の合図だったのだと思います。

昼過ぎになると、街のあちこちから祭りの準備の音が聞こえてきました。

ガラガラ。

カンカン。

パタパタ。

屋台の骨組みを組み立てる音です。

あの音は不思議で、まだ何も始まっていないのに、「もうすぐ始まる」を大量生産します。

世界にはいろいろな音がありますが、「わくわくの下ごしらえ」の音はあれ以外に知りません。

夕方、浴衣を着て家を出ると、風が少しだけ甘くなっていました。

どうやら今日の風は、りんご飴味です。

交差点では信号待ちの人たちがみんな少しだけ機嫌が良さそうで、小学生たちはすでにテンションが三時間後に到着していました。まだ祭り会場にも着いていないのに走り回っていて、たぶん身体より先に心が会場入りしているのです。

商店街を抜けると、提灯が並んでいました。

赤。

白。

赤。

白。

ぽつぽつ灯るその光は、夜が自分で飾り付けをしているみたいでした。

会場には焼きそばの匂いが漂っていました。

たこ焼きの匂いもありました。

綿あめの匂いもありました。

匂いたちが空中で仲良く迷子になっていて、私はどれを追いかけるべきか少し悩みました。

すると近くの金魚すくいの水槽から、小さな金魚がこちらを見ていたので聞いてみました。

「おすすめはありますか」

金魚は何も答えませんでした。

でも尾びれを一回だけ揺らしました。

たぶん焼きそばです。

金魚は意外と焼きそば派です。

祭りの真ん中あたりまで歩くと、射的屋さんの景品棚に変なものが並んでいました。

巨大なクマのぬいぐるみ。

光る剣。

キャラクターのクッション。

そしてその隣に、

「未来の楽しみ」

と書かれた小箱。

気になって店主さんに聞いてみると、

「当たった人だけ開けられます」

と言われました。

何が入っているのかは分かりません。

でも人生には、ときどき中身が分からないままのほうが良いものがあります。

花火とか。

恋とか。

夏祭りの帰り道とか。

空を見ると、まだ花火は始まっていませんでした。

けれど空全体がどこか待機していて、大きな深呼吸をしているようでした。

その様子を見ていたら、急に思いました。

期待というのは、何か良いことが起きる保証ではなくて、「良いことが起きるかもしれない席を空けておくこと」なのかもしれません。

だから人は祭りへ行くのです。

花火を見るためだけではなくて。

焼きそばを食べるためだけでもなくて。

少し先の自分が笑う場所を、今日のうちに予約しに行くのです。

やがて最初の花火が上がりました。

ドン。

という音のあとに、夜空いっぱいの光。

その瞬間、周りの人たちが一斉に空を見上げました。

知らない人ばかりなのに、みんな同じものを見ていました。

それがなんだか嬉しくて、私は少し笑いました。

すると隣の提灯も、風に揺れながら笑った気がしました。

たぶん気のせいです。

でも夏祭りでは、ときどき気のせいが本当になります。

二発目の花火が咲くころには、空はすっかり「期待色」になっていました。

明日が特別変わるわけではありません。

悩みもたぶん残っています。

やるべきことも消えていません。

それでも、夜空に咲いた花火の光が胸のどこかに落ちて、

「まあ、もう少しだけ楽しみにしてみようか」

という小さな種になっている気がしました。


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