放課後のBGM

放課後の図書館は、夕焼けを静かに発酵させる場所です。ドアを開けた瞬間、本の匂いに混ざって「今日はちょっといい日でしたね」がふわっと漂ってきました。司書さんはいつも通り穏やかに微笑んでいたけれど、よく見るとしおりをトランプみたいに切っていて、たぶん見えない魔法の練習をしています。

窓際の席では、西日が机の上にオレンジ色の四角を並べていて、その中だけ時間が少しゆっくりでした。隣の席の高校生は英単語帳を開いたまま寝ていて、夢の中でたぶんbe動詞と和解しています。ページの隙間から、小さな紙切れが落ちていました。「焦るとプリンが揺れるので注意」と書かれていて、誰のメモなのか分からないけれど、人生にかなり必要な情報な気がしました。

本棚の奥へ進むと、「天気」「宇宙」「料理」「恐竜」「眠れない夜の過ごし方」みたいな言葉たちが静かに並んでいて、世界って案外ジャンル分けされているんだなと思いました。でも、その中に一冊だけ、背表紙に「なんとかなる日」と書かれた本が混ざっていて、気になって開いてみたら、中身は全部白紙でした。たぶん、自分で続きを書くタイプの本です。

外では風が木々を揺らしていて、その音がページをめくる音と混ざっていました。誰かの咳払い、遠くのチャイム、自販機がジュースを落とす「ゴトン」、全部まとめて、夕方という名前のBGMみたいでした。どうやら今日は、「静かに元気が回復する日」らしいです。

閉館十分前になると、館内放送が流れました。「お帰りの際は、お忘れ物のないようお気をつけください」といつものアナウンス。でも今日は、そのあとに小さく「あと、希望とかも置いていかないように」と聞こえた気がしました。たぶん気のせいです。でも、図書館ではときどき気のせいが本当になります。

帰り道、公園のベンチで猫が夕焼けをじっと見ていました。隣には飲みかけのオレンジジュース。誰のものか分からないけれど、猫はすごく「今日は悪くなかったですね」という顔をしていて、私もなんとなく同意しました。空には一番星が出ていて、まだ少し早いのに、フライング気味で光っていました。せっかちな星です。

今日の目標は、「自分の中の小さい元気を見逃さないこと」。ちゃんと笑えなかった日も、疲れて何もしたくない日も、図書館みたいに静かに開けておけば大丈夫です。そのうちどこかの棚から、「まあ、なんとかなるか」が歩いてきます。

さて、カバンの中で借りた本が小さく揺れています。たぶん帰ったら、続きを読んでほしいのでしょう。あるいは、まだ今日を終わらせたくないのかもしれません。ページのあいだから、まだ少しだけ夕焼けがこぼれていました。


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