終電を逃したベンチ

終電を逃した駅前のベンチには、「予定外専用の時間」が置いてあります。

その夜、私は電光掲示板に表示された「本日の運行は終了しました」を見上げていました。文字はいつも通りの表示なのに、その日は少しだけ優しく見えました。

まるで、

「おつかれさまです。今日はここまでで大丈夫ですよ」

と言われたみたいでした。

駅前は思ったより静かでした。

昼間は人でいっぱいだったロータリーも、今はタクシーが数台いるだけです。信号機は誰も見ていないのに真面目に色を変え続けていて、街路樹は夜風に揺れながら「残業中です」とでも言いたげでした。

私は自動販売機で温かいミルクティーを買いました。

ガタン。

と落ちてきた缶を拾うと、思った以上に熱くて、少し驚きました。

缶はときどき、人間より先に「大丈夫」を伝えてきます。

ベンチに座ると、向こうのベンチにはサラリーマンらしい人がひとり座っていました。

ネクタイをゆるめて、空を見ています。

何を考えているのかは分かりません。

でも、その背中は少しだけ「今日はこれ以上頑張れません」という形をしていました。

私は勝手に親近感を持ちました。

人間には、ときどきそういう日があります。

スマホの地図を開けば帰る方法はいくらでも出てきます。

タクシーもあります。

ホテルもあります。

歩けば帰れなくもありません。

でも、その日はなぜか、すぐ帰る気になれませんでした。

人生にも似たようなことがあります。

進む方法は分かっているのに、少しだけ立ち止まりたい夜です。

どうやら今夜は、「急いで答えを出さなくていい日」らしいです。

駅前の時計は一時を過ぎていました。

コンビニから出てきた若者たちが笑いながら歩いていきます。

遠くでバイクの音がして、

どこかのマンションの窓がひとつ消えて、

空には雲がゆっくり流れていました。

世界は眠り始めているのに、完全には眠っていません。

夜更かし中の地球です。

ふと見ると、ベンチの下に小さな白い紙が落ちていました。

レシートでした。

買い物の記録しか書かれていません。

ミネラルウォーター。

おにぎり。

チョコレート。

それだけです。

でも、その瞬間、

「誰かも今日を生き切ったんだな」

と思いました。

知らない誰かのレシートには、ときどき生活が挟まっています。

疲れた日とか、

嬉しかった日とか、

給料日のアイスとか。

世界には名も知らない人の小さな物語が無数に散らばっています。

それを考えると、自分だけが迷子なわけではない気がしました。

しばらくして、向こうのサラリーマンが立ち上がりました。

伸びをして、

空を見て、

小さく息を吐いて、

歩いていきました。

その姿はまるで、

「続きは明日やりましょう」

と言っているみたいでした。

案外それが正解なのかもしれません。

全部を今日解決しなくてもいい。

全部を理解しなくてもいい。

人間はたぶん、「納得してから進む」のではなく、「進みながら少しずつ納得する」生き物です。

ミルクティーを飲み終える頃には、缶の温度はだいぶ下がっていました。

でも、不思議と心は少しだけ温かくなっていました。

何か特別な出来事があったわけではありません。

願いが叶ったわけでもありません。

ただ、終電を逃して、ベンチに座って、夜を眺めていただけです。

それなのに、胸の中のごちゃごちゃしたものが少しだけ整理されていました。

たぶん夜には、「考えを丸くする機能」があります。

帰ろうと立ち上がったとき、駅舎のガラスに自分の姿が映りました。

少し疲れていて、

少し眠そうで、

でも思っていたよりちゃんと立っていました。

その姿を見て、

「意外と悪くないな」

と思いました。

誰かと比べた結果ではなく、

昨日の自分との勝負でもなく、

ただ単純に、

今日ここまで来た人の顔でした。

さて、始発まではまだ少しあります。

夜は長いようで短くて、

人生は短いようで意外と長いです。

だからたまには予定を外れても大丈夫です。

終電を逃したベンチは、そういうことを知っています。


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