だいじょうぶ係の桜花びら
春の駅前は、たまに現実より少しだけ浮かれています。改札を抜けた瞬間、風がふわっと桜の花びらを巻き上げて、まるで街全体が「今日はなんかいい感じでいきましょう会」に参加しているみたいでした。地面に落ちた花びらたちは、誰にも頼まれていないのにくるくる回っていて、その中の一枚には小さく「急がなくても春は逃げません」と書いてあった気がします。たぶん気のせいです。でも春は、気のせいをかなり本気でやります。
川沿いの桜並木では、木々が満開のまま少し眠そうに揺れていました。どうやら昨夜、花同士でおしゃべりしすぎたらしいです。風が吹くたび、花びらがぱらぱら落ちて、その様子は「空が照れながら拍手している」みたいでした。犬の散歩をしているおじさんが、「今日は桜がうるさいねえ」と笑っていて、たしかに、静かなのにずっと何かを話しかけられている感じがしました。
ベンチには学生たちが座っていました。制服の袖には春休みの終わりみたいな匂いが残っていて、コンビニの焼きそばパンと炭酸ジュースが、青春を雑に支えていました。ひとりの女の子が空を見ながら、「未来って、もうちょっとふわふわしててほしい」と言っていて、その言葉が風に乗って桜に引っかかっていました。たぶん春は、そういう独り言を集める季節なんだと思います。
歩道には花びらが積もっていて、踏むたびに小さく「さくっ」と鳴りました。桜だけに。いや、本当に鳴ったんです。たぶん花びらの中に、少量のユーモア成分が含まれています。春の空気は油断するとすぐふざけるので注意が必要です。
途中、自動販売機の横に「ご自由にお持ちください」と書かれた段ボールが置いてありました。中を見ると、透明な小瓶がいくつも並んでいて、ラベルにはそれぞれ、
「なんとなく元気」
「昨日より軽い心」
「理由はないけど前向き」
「桜を見たあとに発生する謎の勇気」
などと書かれていました。ひとつ手に取ると、中で小さな光がぷるぷる揺れていて、ラムネ玉みたいでした。私は「理由はないけど前向き」をポケットに入れました。春には、そういう持ち帰り自由の感情があります。
公園では、小さな子どもが全力で花びらを追いかけていました。花びらの方も逃げる気満々で、風に乗ってぴゅーっと飛んでいきます。見ている大人たちはみんな少し笑っていて、その顔がなんだか、「昔、自分もああだった気がする」という顔でした。人はたぶん、春になると少しだけ記憶がやわらかくなります。
桜の下では、誰かがレジャーシートの上でおにぎりを食べていました。鮭のおにぎりです。たぶん世界には、「ちゃんと座って桜を見ながら食べる鮭おにぎり」でしか回復できない何かがあります。隣には紙コップのお茶。風で揺れるたび、お茶が小さく光っていました。春のお茶は、ときどき景色の一部になります。
川の水面には、落ちた花びらが流れていました。白や薄桃色の小舟みたいでした。どこへ行くのかは分かりません。でも、花びらたちは誰ひとり焦っていませんでした。流されながら、きらきらしていました。
それを見ていたら、「ちゃんとしてない日」にも意味はあるのかもしれないと思いました。
頑張れなかった日とか、
途中で眠くなった日とか、
返信を忘れた日とか、
急に寂しくなった日とか。
そういう日も、あとから春の川みたいに流れていって、そのうち少し光るのかもしれません。
それに、「ちゃんとしてる」とか「ちゃんとしてない」とか、そういうのを決める係は、案外どこにもいないのかもしれないと思いました。
だから今日は、とりあえず桜を見て、風に吹かれて、少し笑えたなら、それだけでかなり充分です。
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